この記事のポイント
- 季節ものの特集ページを1週間以上前に仕上げたら、クライアントに「もう完成してるんですか」と驚かれた
- 早めに渡したことで、公開前にクライアント側の担当者が在庫切れのリンクに気づけた
- 余裕は自分たちの安心のためだけでなく、受け取った相手が使える時間でもある
「敬老の日の特集ページ、もう出せるんですか」
先週の火曜、あるクライアントとの打ち合わせで、担当の方にそう聞かれた。9月21日の本番まで、まだ一週間以上あった。僕らのチームは前の週にはバナーも商品ページも整えて、確認だけお願いしていた状態だった。
「え、これもう完成してるんですか」
画面共有でページを表示しながら、僕は淡々と説明していた。トップのバナー、特集の導線、対象商品の一覧。いつもと同じ流れのつもりだった。相手の反応が一拍遅れたのは、その時だ。
「え、これもう完成してるんですか」
画面の向こうで、少し戸惑ったような声がした。
早すぎましたか、と一瞬思った。
でもよく聞いてみると、意味合いは違った。「早いですね」ではなく、「もう見られる状態になっているんですか」という、ちょっとした驚きだったらしい。その方の感覚では、季節ものの特集は本番の2、3日前にバタバタと仕上がるのが当たり前だったそうだ。前の担当者がそうだったし、自分も前職ではそうだった、と。
正直、僕らはただ、いつも通りのスケジュールで動いていただけだった。逆算して、確認の時間を多めに取って、直前に慌てないようにする。それだけのことのつもりだった。でも相手にとっては、それが「早い」と感じられるくらい、見慣れない光景だったらしい。
「早い」ことが居心地悪くなる瞬間
打ち合わせのあと、少し考え込んでしまった。
早く仕上げることは、別に偉いことでも何でもない。むしろ、遅れて当たり前という空気の中に長くいると、早いことのほうが居心地悪くなる瞬間があるんじゃないか。「まだ早いのに、なんでもう終わってるんだろう」と、逆に不安になる。急いで仕上げたものより、時間をかけて確認したもののほうが、実は粗が少ないはずなのに。
思えば、うちの仕事は納期がはっきりしているものが多い。広告の入稿、サイトの公開、キャンペーンの開始日。日付が動かせない仕事だからこそ、逆算する癖がついている。でもそれは、僕らの中では当たり前すぎて、それ自体が価値だと意識したことはあまりなかった。
ギリギリで渡すと、全員がギリギリになる
むしろ僕自身、若い頃は逆算するのが苦手なタイプだった。締め切りの前の晩に慌てて、明け方近くまで直しを入れて、朝一で提出する。それでも一応は形になるから、それでいいと思っていた時期がある。今思えば、あれは自分の集中力を試していただけで、仕事の質とは別のところで満足していたんだと思う。
チームで動くようになってから、その感覚は少しずつ変わった。自分ひとりのスケジュールではなく、確認してくれる人、承認してくれる人、その先の公開作業をする人がいる。ギリギリで渡したものは、その人たち全員にギリギリを背負わせることになる。当たり前のことなんだけど、実際に痛い目を見るまで、あまり実感が持てていなかった。
早く渡したから、確認の目がひとつ増えた
数日後、その特集ページに小さな不備が見つかった。ある商品の在庫が切れていて、リンク先だけ差し替えが必要になったのだ。もし本番の前日に初めて出来上がっていたら、たぶん誰も気づかないまま公開されていた。余裕があったから、誰かが「あれ、これ今買えないですよね」と気づけた。
しかもそれに気づいたのは、僕らのチームではなく、クライアント側の別の担当者だった。特集ページを社内で共有していたら、たまたま在庫管理を見ていた人が気づいた、という話だった。もし公開直前に慌てて仕上げていたら、社内で共有する時間すら取れなかっただろう。早く渡したことで、僕らの見えないところでも、もう一つ確認の目が増えていたことになる。
そう考えると、余裕というのは自分たちの手元に置いておくものというより、周りに配って回るものなのかもしれない、と思うようになった。
余白は、相手に渡す時間でもある
その方からは、直しのお願いとは別に、こんな一言があった。
「早めに見せてもらえると、こっちも安心して他の準備ができるんですよね」
なんてことのない言葉だけど、妙に残った。早いこと自体が目的なんじゃなくて、早いことで生まれる余白を、相手も自分たちのために使えるということ。ギリギリで渡された資料は、受け取った側もギリギリでしか動けない。逆に少し余裕をもって渡されたものは、相手の側にも選択肢が生まれる。
- 確認し直す時間
- 社内で相談する時間
- 気になるところを聞き返す時間
僕はそれまで、早く仕上げることの意味を、自分たちの安心のためだと思っていた。ミスを減らすため、慌てないため。でも実際には、それは相手に渡す時間でもあったんだと、そのとき初めて気づいた気がする。
次の特集も、相手の時間を想像しながら
敬老の日という、誰かに感謝を伝えるための特集ページを作りながら、僕自身が教わることになるとは思わなかった。時間をかけて用意したものは、たいてい誰かのための余白になる。それは敬老の日に限った話でもないし、仕事に限った話でもないのかもしれない。
来週、また次の季節の特集の相談が来る。今度は早すぎて驚かれないように、なんてことは考えていない。ただ、渡す相手の時間のことを、もう少しだけ想像しながら仕事をしてみようと思っている。




