読書の秋とは言いますが、今年私の記憶では秋はなかったです。
お疲れ様です。
最近読んだ小説の中に、こんな一文がありました。
「Aの世界でBはスター」これを「BはAの世界でスター」この文章が成り立つ人こそが、真のスター。
なるほど、確かにそうかもと思いました。
昔は今みたいに娯楽、エンタメの選択肢が多くないですからみんなが同じものを共有していました。故にスターという存在について、共通認識がとれやすいですよね。
野球界 = 長嶋茂雄みたいな。だから上記の文書が成り立つ人は多かったように思います。
じゃあ今の時代はどうだろう?と考えた時に、今は真のスターという存在の出現は難しいだろうなと思いました。発信できる形、方法が山ほどあり、受け取る方も自分で取捨選択し、取りに行く時代。
土曜の8時 = ドリフ のような共通認識はこのご時世、難しい。
今やTVの中に、Youtubeの中に、オンラインサロンの中に、SNSの中にそれぞれ誰かにとってのスターが存在しています。そして、昨日まで何者でもなかった人が誰かのスターになれる時代。
発信方法が細分化され、世に出るハードルが低くなった結果、受け取る側の欲求も細分化されすぎた。
クオリティの高い映画、ドラマを求める人、クオリティは度外視で配信頻度を求める人、姿だけさえ見れればいい人、音さえ聞ければいい人、etc…
中には、質よりも”量”のコンテンツも勿論あるでしょうし、質にこだわり配信スピードがめっちゃ遅いコンテンツもあるでしょう。
どれが良いとか、悪いとかではなくそれぞれの世界、コミュニティで発信側、受け取る側が納得して世界を形成して、各々のスターを見つけているのであれば、好き嫌いこそあれど、そこにはもう誰も何も言う必要ないということ。
小説は結論、素晴らしいものは(質にこだわっているものは)どんな小さなコミュニティ向けに出したものだったとしても自然と越境していくから、その時に作者が胸を張れんのか、世に放つ前に自分と向き合って納得したものか、そこだけはいくらスピードが求められる時代でも忘れずに、的なメッセージを含んで終わりを迎えます。
放った先には人が居て、受け取る側の心があって、その心を無視するようなコンテンツを放つことに何の違和感も感じないような大人にはなりたくないなって思いました。
それが小説の中での”いつ何時でも胸張れんのか“ということだと思います。
今やWEB上の情報なんか、間違っても秒で修正できます。だからいいや、ではない。
これは日々私たちが行なっている仕事にも、大きく通ずるなと思いましたし向き合い方を非常に考えました。そこの伴う責任にも関係してきますね。
質よりもスピード重視で動いた人が、地道に質にこだわってきた人を抜き去る。
これは果たして正解なのかなんて、もう自分たちではジャッジできない。受け取る側に委ねるしかない。それを求めている人も一定数いるのは確かなので、ある意味正解だったりもする。
じゃあ自分たちは、どこに軸足おいて日々の仕事と、クライアント様と向き合う?自分の人生と、人と向き合う?(飛躍しすぎ)なんてことを考えさせられた小説がこちら!
自分の中で胸を張れる基準で、何事にも真摯に向き合っていきたいなと改めて思いました。
じゃあこのコラムの質はしっかり担保できてんのかという問いは置いておいて締めますよ。
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